
エムクリシのイメージ(原典:TCS)
「うちの畑を守るには、どの農薬が適しているのだろうか」
害虫に絶えず悩まされるインドの農業経営において、農業従事者らが絶えず模索し、また近隣の同業者に尋ねても、なかなか決め手となる回答の得られない問いである。
インド最大のソフトウェア開発会社、タタ・コンサルタンシー・サービシズ(Tata Consultancy Services)が、農業従事者らが1000ルピー(およそ2000円)程度のベーシックな携帯電話からでも、より状況に特化した個別のアドバイスを専門家から受けることができるようにと開発したサービス「エムクリシ(mKRISHI)」は、そんな悩みに端を発したものである。
数百年来変わらないように見えるインドの農業を活性化させることを目指し、2年間かけて農村の作物栽培パターンを研究し、農業従事者と農業専門家とをつなぐ方法として開発した。
エムクリシとは、携帯電話(mobile)の「エム(m)」と、インド国内の多くの言語で「農業」を表す「クリシ(krishi)」を組み合わせたサービス名で、ウォールストリート・ジャーナルが主催する、アジアの優れた発明を評価するコンテスト、「アジア・イノベーション・アワード(Asian Innovation Award)」の最優秀賞候補に残った。
「農業従事者と専門家との間には最終的な認識の相違があることが分かった。農業従事者らは、それぞれの畑や作物に特化した正しい情報やアドバイスを得られないと、近隣の農家がしていることを真似したり、古来からの知恵に頼ったりするしかない」エムクリシ開発に携わった、同社イノベーション・ラボ(Innovation Labs)所長を務めるアルン・パンデ氏(58)は分析する。
開発に先駆けた2007年、農業従事者と接することで日常業務を理解するべく、パンデ氏は全国の農村を巡った。
「今季、この地域に十分な雨が降るか」、「隣の畑で発生している病気が伝染するのではないか」、「経営資金はどこで借り入れればいいのか」など、彼らの生の懸念を耳にすることで、そのひとつひとつに個別の回答を用意できれば、農業経営の成長を見込めると判断したという。
「彼らひとりひとりが、それぞれ異なる疑問や懸念を持っていることが分かり、従って情報やアドバイスは、より必要に根差し個別に提供する必要があると考えた」パンデ氏は振り返る。
エムクリシの利用料金は、月額1〜2ドルほどだ。
TCSでは無線事業者と提携し、高機能携帯電話を所有する場合は農業従事者ら自らアプリケーションをダウンロードできるようにしたほか、機能の限られた携帯電話を使っている場合は特設の「ミニ・モバイル・サイト(mini-mobile site)」を経由してインストールできるようにしている。
サービスが稼働するプラットフォーム技術を活用すれば、農業従事者は専門家に質問でき、いっぽうの専門家らは発生中の問題を一覧可能な農業マップのようなものを発行できる。
例えば、ある農業従事者がエムクリシに位置を入力すると、農業センサー(agricultural sensors)と呼ばれる通信体がGPSやグーグルの地図サービス「グーグル・アース」へ接続し、その土地の天候や土壌の様子、発生中の疫病や穀物の相場を専門家に知らせる。
カメラ付き携帯電話の場合は写真入りの情報を送信することもできる。
「携帯電話は農村における電力や有線通信インフラの不備を克服するので、農業従事者はいつでも専門家から一対一のアドバイスを受けられる」パンデ氏は述べる。
現在、農業研究などの分野で少なくとも2年の経験を積んだ6名の専門家がエムクリシで活動している。
こうした専門家がエムクリシにウェブ上でアクセスすると、その識別番号に応じ自動的に割り当てられた質問が、未解決であることを示す「オープン」というステータスつきで表示される。
ただしパンデ氏によれば、専門家からの助言が必要な混み入った質問は、全体のわずか5〜10%ほどを占めるに過ぎないという。
「農業従事者の方々にはより高度なシステムツールを提供し、アドバイスの質を向上したい。またよくある質問集を開設して重複した質問をできるだけ回避するとともに、多岐に渡る携帯電話に対応できるよう最適化を行う」パンデ氏。
利用者(農業従事者)が増えて質問が増加したら、3〜5年ほどの現場経験のある利用者自身に専門家の役割を依頼することも検討しているという。
昨年7月から専門家として任命されている、パンジャーブ州農業大学(Punjab Agricultural University)で特別研究員を務めるカマルディープ・シン(Kamaldeep Singh)氏は毎日、エムクリシに向かう。
シン氏にとってエムクリシは、農業従事者と専門家との、一時的や一方通行ではない「絶え間ない協業」を実現する場だ。
「どんな質問にも6時間以内に回答するようにしている」シン氏は説明する。「農夫たちからのボイスメッセージが、インターネット経由で毎日届く」
TCSは2009年より、特に農業の盛んなパンジャーブとウッタル・プラデーシュに州でエムクリシのサービスを導入している。
現在の利用者は500人程度だが、彼らの地域コミュニティを通じて少なくとも1,000人は恩恵を受けているものと試算する。
シン氏はこのシステムを農業従事者らが協力して活用し、知識を取得すれば、例えば必要な農薬を自ら選択できるようになる、と期待している。
エムクリシの導入は始まったばかりであり、「限定的な商用展開」(パンデ氏)に留まっているが、最終的にTCSでは大手IT企業と提携しながら「農村に無数の小規模会社を興させ」、そこを経由し利用者を5万人まで拡大したいと考えている。
パンデ氏は近い将来、エムクシリの海外展開も視野に入れている。
これまでTCSは、フィリピンやガーナから代表団を招き、各国言語でデモを稼働させた。
「利用者がいつでもどこでも、専門家の意見を聞けるようになることで、安心して農業に取り組むことができるようになれば」パンデ氏はまとめた。
Source: Mobile-Phone Farming